【感想】ブラック企業に入る前に読めばよかったー「坊ちゃん」夏目漱石

 

 一回目は、教科書かなんかで読んだ気がする。思ったより堅苦しくなくて、面白い、と思った。二回目は、ブックオフで105円くらいで買って。

 

内容をすっかり忘れていたので、やっぱり同じような感想を抱いた。三回目は、ブックオフで買ったのを無くしたので、青空文庫で読んだ。「これはつまりただの悪口の日本一上手な人の書いた少年漫画ではないか」という結論に至る。四回目、昨日読み終わる。「ブラック企業に入る前に読んでおけばよかった」と思う。

 

 【あらすじ】子供の頃から無鉄砲で損ばかりしてきた主人公「坊ちゃん」は、皆から疎ましがられる存在だった。実の親からも愛想を尽かされる坊ちゃんだったが、下女の清だけはそんな坊ちゃんを「あなたはまっすぐで良いご気性だ」と可愛がる。学校を卒業し、数学の教師として四国の松山に赴任する。しかし赴任先の学校は教師も生徒も曲者揃いであった…

 

 主人公の田舎の見下しっぷりはものすごい。清々しいまでの偏見に満ちている。実体験を基にして書かれたというから、田舎で相当嫌な思いをしたんだろうということがうかがえる。その悪口はしかし常人のそれとは違う。研ぎ澄まされ、磨き抜かれた一級品である。的を射ていて、ユーモアがあり、斬新で、鋭い。その根底にあるのは卑怯な根性への軽蔑である。ずる賢くあくどい人間たちへの怒りである。主人公は少し抜けてはいるがまっすぐな心を持った正義の人間である。少年漫画の主人公のように。

 

 下女の清はこの物語のヒロインだ。その存在は遠く離れた地にありながら、生徒たちの陰湿な嫌がらせや教師たちの薄汚い駆け引きに疲れ切った主人公の心にあたたかな救いの光を灯してくれる。

 

 考えてみると世間の大部分の人は悪くなることを奨励しているように思う。わるくならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、坊ちゃんだの小僧だのと難癖をつけて軽蔑する。(中略)単純や真卒が笑われる世の中じゃ仕様がない。清はこんな時に決して笑ったことはない。大いに感心して聞いたもんだ。清の方が赤シャツよりよっぽど上等だ。

 

 主人公は世間に出て初めて、世の中の人間の意地汚さ、ずる賢さを知る。自分さえ良ければあとの人間はどうなってもよいという利己主義。そして同時に清の心の美しさに気づく。無条件に愛してくれて、他人の自分を親身に思ってくれる人間のありがたさを感じる。

 

 私は大学を卒業してすぐブラック企業に入った。人を人とも思わないような働かせ方だった。それでも喜んで働いた。自分を犠牲にして社会の歯車になることを喜ばしいと思っていたから。先輩たちは新入社員たちに対し、やめていった人間たちを「根性なしのクズ」と罵った。私は自分がそうなるのを恐れた。そして自分は根性のある素晴らしい真人間であることを証明しようと必死であった。くすぶるタバコの煙に肺をやられても、眉毛のない顔を笑われても、恐ろしい顔で怒鳴られても、私は働くことをやめなかった。

 

 だが、あの時、私の心の中に、「坊ちゃん」がいたら。今になってそう思うのである。そうすればもっと早く彼らの利己主義やずる賢さや欺瞞を見破ることができたかもしれない。出会う目上の人間たちを疑うことなく信用し、提示される「自己犠牲」という偽物の美徳を少しでも疑うことができたかもしれない。坊ちゃんのように拳で戦うことはできなくても、別の形で自分の心を守ることができたかもしれない…

 

 だが私は坊ちゃんのようにまっすぐな人間ではない。どちらかというと野田のような、みみっちくくて太鼓持ちの人間だ。だからこそ坊ちゃんのようなまっすぐさに憧れはしても、実践は難しいに決まっているのでげす。

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山嵐さん